欠陥住宅をつくらない住宅設計者の会

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横浜マンション「くい打ちデータ偽装・改竄」事件

平成27年12月3日

一級建築士 滝井幹夫

横浜マンション「くい打ちデータ偽装・改竄」事件は、全容の解明と本質の論議こそ急務である。

 

 手摺のずれに端を発したこの事件は、くいデータとセメント量の偽装・改竄があきらかになった事に始まり、一部は支持層への未達も明らかになりました。
偽装・改竄はこの担当者の他の工事、同じ会社の他の担当者、他のくい打ち会社にも次々と広がり、国民の不安・不信は大きくなっています。
 ところが、長年にわたり欠陥住宅(建築)問題に取り組んだ建築士からみると、様々な疑問や、問題点を指摘せざるを得ません。
 第一に、データの偽装・改竄自体も重大ですが、くい自体の危険性とはイコールで無いにも関わらず、正確な区別が無いまま、いたずらに不安を拡大させている。
 第二に、傾きが事実なのか、全体の沈下や構造体のクラックがあるのか、どれほどの重大な欠陥であるのかが不明。
 第三に、地盤調査とくい設計の資料が開示されず、設計業務の妥当性が不明で、三井住友建設の設計者責任が曖昧なままである。
 第四に、くい工事段階の旭化成建材の担当者業務に重きが置かれていますが、法的責任が大きな元請・三井住友建設の施工管理(監督業務)、工事監理者・三井住友建設設計事務所の業務の解明が不十分です。
 第五に、全容の解明が無いままの三井不動産による「全棟立替表明」は、当初「東北大地震の影響」と言っていたように、裁判上でも自己の責任を最大限回避したがるのと比較すると、建築トラブルの対応として異様に感じられ、重大な欠陥隠しで早期幕引きを図る疑いさえ推測されます。

 次に、くい打ち工事(建築工事)の流れに沿って整理し、問題点を明らかにします。

□ 設計段階

 設計に際して、建てようとする地域の既存資料や地盤調査会社に聞くことで、計画建物に相応しい地盤調査の位置・箇所、深さを決定しますが、地盤変化が予想される場合は調査箇所を増やすことで調査の精度を高めることが出来ます。
 この調査結果に基づき、くい工法を吟味し、長さ、直径、一本当たりの支持力、総本数が決定され、設計図が作成されます。
 このマンションのくい工法は、砂や礫層を対象に大臣認定を取得した工法ですが、この地域は既存資料では氾濫平野に属し、泥土で形成される軟弱地盤とみられています。
 地盤調査結果次第では、このくい工法採用が不適切だった可能性が高いと思われます。
 設計資料が開示されておらず断定は避けますが、確認審査での審査機関の法的に必要な業務範囲に於いて、審査漏れの可能性もあります。

□ 工事段階

 工事全体の責任は元請三井住友建設が負い、数次の下請けや専門業種が実際の工事を行います。今回はくい工事の二次下請けに旭化成建材が当たり、現場責任者は三次下請け会社から出向の契約社員だったと報道されています。
 くい打ちデータの採取はくい打ち現場責任者が行いますが、元請は業務責任上、随時・毎日のデータ確認が必要です。
 また、工事監理者(三井住友建設設計事務所)は、設計図書に基づいて工事が行われているか否かの照合を行い、問題があれば施工者に指摘をし、それに従わない場合は建築主に報告をするなどの建築士法上の義務を負います。
 この事件では、くい現場担当者の偽装・改竄に焦点が当たっていますが、元請の施工管理状況・責任、工事監理者の監理状況・責任があまり解明されていません。
 経済上の力関係や重層下請制度によるピンはねで、実際の工事費は厳しくなるばかりで、作業に追われ、風雨など作業環境が不適切な状態でも作業が行われ、データの毀損、採り忘れが発生し、書類上の体裁を整えるための偽装・改竄を生む原因ともなります。
 また、工事内容に問題が生じても、それを元請に通告すると改善費用や工事期間内の施工責任を負わされることが多く、そのままスルーすることに繋がっています。
 元請、下請け、工事監理者の関係は全ての工事段階にも共通ですが、施工管理が手薄で下請任せや、工事監理が書面上を整えるだけの場合も少なくありません。

 続いて、建築行政上の構成と問題点について明らかにします。

□ 建築基準法施行令

 建築物の性能、申請手続き、確認審査制度・審査機関などを定めた建築の基本法で、建築主には建築に際して、確認申請書の提出、工事完了時に検査の申請を提出、着工時には建築士である工事監理者を定めなければ工事が出来ない。などが決められています。
 社会的に安全チェックに対する確認審査制度・審査機関への期待が高いが、確認申請は許可制度と異なり、法令が定めた内容に従って照合、確認し、不適当な場合は訂正させる。
 中間、完了検査は工事監理建築士が提出する資料と、基本は現場での限られた時間の目視主体の検査でしかありません。
 提出資料も限定的で、一般にくい打ち電流計データ自体等の提出は含まれません。つまり限定的なチェック制度と言うことです。
 「規制緩和・民間開放は善」で必要と言う風潮のもと、確認審査が民間に開放されましたが、審査が迅速になったなどの利点と共に、一部には事業者とのグループ化や審査の甘さが指摘されています。
 また、住民に責任を負うべき自治体の技術職員が減り、建築行政能力が大幅に低下しています。
 自治体や確認審査機関のチェック漏れを問題にするには、負わされた業務範囲とそれ以外のものとを厳密に区別すべきで、細部まで全てのチェックを求めるには制度自体の再検討が必要になります。
 現状は細部チェックの大部分は、性善説やモラルに期待する等を前提に、工事監理建築士、施工管理者に委ねられていますが、以下のようにそれが大きく損なわれています。

□ 建築士法

 設計、工事監理者の資格者に対する法律で、ごく小規模な建物以外の設計や工事監理を建築士資格者以外は行えない。
 建築士は設計の法適合義務、建築主に対する適切な説明義務、工事監理に於いて設計図書との照合を行い、異なる時は施工者に改善を求め、従わない時は建築主に報告する義務を負います。
 また、業務として設計、工事監理を行う場合は、建築士資格だけでなく、建築事務所の知事登録を受けなければ業務が行えない。と規定されています。
 ところが、建築事務所登録は設計監理専業でも施工兼業でも可能な制度であるため、実態は同じ会社、同じ人が設計や施工管理と工事監理を行えることが大部分で、ゼネコン、ハウスメーカーの多くはこの形態を採り、又は設計事務所を外注・下請化しています。
 そこでは、最小限の設計図書の作成が行われ、工事段階では自分の施工内容を自分がチェック(工事監理)すると言う漫画チックな実態が多く存在し、チェック機能の形骸化を招いています。
 実は、このような建築生産の仕方が圧倒的で、建築士法が期待するような「施工」と独立した建築士事務所は極めて少数派です。
 これが、確認審査制度の限界と重なって、欠陥建築を生む制度上の弱点の一つとなっています。

□ 建設業法

 建設工事の適正な施工確保、発注者(建築主)の保護、建設業の健全な発達を促進する等の目的が定められ、元請人の義務、一括下請けの禁止、施工技術の確保(施工管理者責任)などが定められています。
 ところが、重層下請け制度の下、指揮系統が複雑化・希薄化し、書類上は整っていても、元請の施工管理者が不在や不十分で、実際の施工管理業務は著しく低下しています。
 戸建て住宅等の現場では、工事監理者はおろか、施工管理者(監督)自体が、現場に関与する時間が少なく、工程・工事進捗状況の管理中心で、技術的な管理は極めておろそかにされています。
例えば、構造体の強度、耐久性にとって極めて大切なコンクリートの打設時に、元請の監督不在のまま下請業者任せが少なくありません。
 法令上は、建設業法等が正しく機能することで、安全・安心な建築物が出来ることを想定していますが、実態はその機能不全を示しています。

 最後に、分譲マンション(住宅)の特殊性と、不祥事の背景、当面の提案について述べたいと思います。

□ 分譲マンション(住宅)の特殊性

 今回の建築主は住友不動産で、設計監理と施工共に三井住友建設でした。建築主と設計監理、施工者は同じグループに属し、建築主が本来のエンドユーザーとは別の特殊なケースに該当します。
 一般的な家造り(ビルも同様)に於いては、設計時に法規制や工事費等の制約はありますが、自らが継続して住み、使用する。又は賃貸することを前提に、夢や、希望を託したものとして設計図が作成され、建築主はイコール エンドユーザーです。
 工事監理は少なくとも建前上は、この設計図を実現させるためのチェック業務として期待がかけられます。
 ところが、分譲マンション・分譲住宅は、最初から「販売することでどれだけ利益が上げられるか」を、主目的とした収益事業として計画され、個々のエンドユーザーの夢や希望に応えるものとは別の次元で企画され、設計・工事監理は販売利益の目的達成の範囲内に限られた業務が中心で、問題があっても社内・同一グループの施工部に指摘や改善が出来ることは限られます。
 販売が終われば事業者(建築主)の手を離れて、エンドユーザーの手に渡ります。

  

□ 広範に存在する不祥事と背景

 今回の事件だけでなく、不祥事は広範に存在し、しかも大会社に多いことが特徴です。
 昨年2月の三菱地所などの南青山の高級マンションは配管ミスで販売中止、法的決着はついていないが、福岡では鹿島建設が施工したマンションでは構造欠陥を根拠に訴えられています。が、これらは氷山の一角と言うのが現実です。
 建築以外でも、東洋ゴムの免震・防振ゴムのデータ改竄、東芝の不正会計、オリンパスの損失隠し、タカタのエアバックの不具合などが相次ぎました。
 中小・零細企業なら直ぐに倒産するような不祥事が続発するのは、グローバル化の進行、即成果主義、目先の利益追求などで、かつては広範に存在した「ものづくり」の基本が、大会社ほど失われて、過度の競争原理に明け暮れています。
 政治の責任も大きく、小泉政権時に成果主義があおられ始め、今日はそれが深く進行しています。
経済利益追求のために、安倍政権は「原発」「高速鉄道」等、海外へのトップセールスに明け暮れる始末です。
 真の解決は、性善説やモラルに期待すること、法律の小手先の改定をするだけでなく、広範に存在する背景にも目を向け、本質論議、国民的合意を経た解決が望まれます。

□ 設計監理業務に関する当面の提案

 全ての建築士が建築主の利益を守る職能として機能することが理想であるが、それが少数派で、多数の設計施工一括が並存する現実を踏まえ、一律に更なる法規制を強めるのではなく、当面は二種類のルートがあってもいいのではと考えます。
 一つは、法律に理念を掲げるだけでなく、施工から独立した設計監理が建築主(エンドユーザー)の利益を守ること、それには必要な報酬を伴うことの社会的認知が出来るように様々な環境整備を行い、建築士業務の形骸化を抜本的に改善する。
 その一方で、設計監理者には職能に相応しく重い責任を課すようにする。
 この方式で設計監理を行う場合は、新たに別の検査機関を必須とする屋上屋を重ねる方式を採らず、あくまでも設計監理者の職能を通じて、法の理念達成を追及すべきと考えます。
 他の一つは、分譲マンション・住宅などの建築主がエンドユーザーと異なる場合や、建築主自らが設計監理者を選定し、その報酬を直接払う場合以外の、広義の設計施工で建築生産をする場合は、インスペクター制度など第三者的検査制度を併用させ、エンドユーザーの利益を守る法整備を行い、法の理念達成を図るべきと考えます。

以上